文理融合実習(エコンコンサル体験)

文理融合実習IIシラバス

この授業では学生自身がコンサルタントとなり、横浜市が実際に抱える政策課題に対してデータと理論をもとに答えを導く経験をします。 受講生は3〜4人のチームを組んだコンサルタントとして、課題を構造化し、データを分析し、最終回には市職員を前に政策を提案します。 架空のケーススタディではありません。テーマも、データも、聞き手も、すべて本物ですので、授業に対してしっかりとしたコミットメントを求めます。

この授業でやること

政策の現場には、教科書のようにきれいなデータも、模範解答もありません。使えるデータは限られ、関係者の事情は複雑で、それでも期限までに「では、どうするか」を出さなければならない。この授業は、そのプロセスを学生が体験するものです。横浜市の各部署が実際に抱える課題を出発点に、課題の構造化 → データ分析 → 政策提案という、エビデンスに基づく政策形成(EBPM)のプロセスを一気通貫で体験する——いわば「コンサルティング事務所のインターン」を大学の授業として設計したものです。

この授業の特徴は、横浜市職員との距離の近さです。序盤には職員を交えたワールドカフェ(テーブルごとに職員を囲み、席を替えながら各分野の課題を聞いて回る対話形式)を複数回にわたって実施。その後も中間発表・進捗レビュー・最終発表会と、節目ごとに職員から直接フィードバックを受けます。

今年度のプロジェクト候補

今年度の4つのプロジェクト候補について記します。いずれも、横浜市の担当部署がいま実際に向き合っている課題であり、打ち合わせを重ねて持ち込まれた「本物の依頼」です(担当部署名・内容は最終調整中のため、ここでは分野名で示します。今後変更の可能性があります)。

Project 1: 困難を抱える女性の実態調査

分野: 男女共同参画・ダイバーシティ

分析タイプ: 調査設計 / 一次データ分析

DVや生活困窮といった困難を抱える女性を支援する制度はすでに多くあるが、本当に支援を必要としている人ほど相談窓口にたどり着いていないのではないか——これが行政側の問題意識です。困りごとが外から見えにくい人を、どうやって見つけ、支援につなぐか。横浜市は今年度、市民5,000人を無作為抽出した大規模な状況調査を実施します。高齢の女性など、幅広い方が回答しやすいよう、オンラインだけでなく紙の調査票による調査も行われ、秋に回収・データ化される予定です。

このプロジェクトでは、調査を設計した担当者と直接議論しながら、回収されたばかりの匿名の個票データ(ローデータ)に触れ、「どんな人が制度を知らないのか・使わないのか」を分析して、支援の届け方(広報やアウトリーチのやり方)を提案します。このような調査では「そもそも誰が回答してくれなかったのか」という回答率の偏りさえ、支援につながらない人を探す手がかりになります。統計学の授業で習ったサンプリングやバイアスの知識が、人を助けるための道具に変わる瞬間を体験できます。

Project 2: 価格転嫁はなぜ進まないのか — 中小企業支援の経済学

分野: 中小企業支援

分析タイプ: 経済理論 / 政策設計

原材料費も人件費も上がり続けているのに、それを販売価格に反映(価格転嫁)できなければ、企業の利益は削られる一方です。しかし、価格転嫁は会社個人だけの努力で実現できるとは限らず、簡単なことではありません。昨年の市の調査によれば、コスト上昇分の1~3割程度しか転嫁できていない小規模事業者(※)が3社に1社を超え、まったく転嫁できていない事業者も約2割にのぼりました。また、その状況には業種による差も大きいことが分かっています。市ではセミナーなどを通じて事業者を支援しながら、価格転嫁に潜む課題の把握と効果的な支援のあり方を探っています。 ※小規模事業者:中小企業の中でも特に規模が小さな会社や個人事業主のこと

このプロジェクトは、4つの中で唯一データをほとんど使わない案件です。武器になるのは、価格交渉の経済理論、価格転嫁に関する既存研究、他の自治体や国の支援策の事例、そして中小企業診断士が現場で培った実務知識。これらを組み合わせて、「原価計算すら難しい小規模事業者に、どんな支援なら届くのか」「どのようなセミナーなら有効なのか」を詰め、横浜市が取るべき具体策を提案します。市の景況・経営動向調査に「この変数を追加すれば、この分析ができる」と調査設計の逆提案まで踏み込めれば、来年以降の政策づくりに直接残る成果になります。データがない中でどう根拠を組み立てるかという視点は、実務に一番近い戦い方かもしれません。

Project 3: 企業誘致を積み重ねた結果、横浜経済はどのように変わったのか

分野: 企業誘致・投資促進

分析タイプ: マクロデータ分析 / 指標開発

横浜市は企業誘致に力を入れており、誘致した個別の企業がもたらす効果は把握しています。ところが、「誘致を積み重ねた結果、横浜経済の全体がどう変わったのか」というマクロの姿を正確に把握するのは実は困難です。そもそも企業誘致の成果は何で測るべきなのでしょうか。昼間人口か、雇用か、税収か、経済成長か、目的変数の定義そのものから議論が始まります。

このプロジェクトでは、経済センサスをはじめとする公開統計を使って横浜経済の変化を要因分解(どの産業・どの地域・どの要素が成長を生んだのかを分けて見る)し、企業誘致の寄与を検討します。さらにその先には、「この土地はマンションにすべきか、それとも工場や研究所にすべきか」という土地利用の意思決定をデータで支える枠組みづくりという、大きなテーマが待っています。データ分析に答えるだけのデータも蓄積されており、データ分析を実際に意思決定に役立つツールとするプロセスを体験することができます。

Project 4: 300の商店街のこれからをデータで描く

分野: 商業振興(商店街支援)

分析タイプ: パネルデータ分析 / フィールドワーク

横浜市内には約300の商店街があります。市は3年ごとに商店街の実態調査を行っており、過去の調査をつなげば「同じ商店街を繰り返し観測したデータ(パネルデータ)」として分析できます。このプロジェクトでは、過去の実態調査を分析し、神奈川県や全国の類似調査と比較して「横浜の商店街の何が特徴なのか」を洗い出し、これから求められる支援策を提案します。

そして何より、商店街は電車に乗れば見に行けます。データ分析と現地でのフィールドワーク・ヒアリングを行き来しながら、数字と現場の両方で語れる提案を目指す、足で稼ぎたい人におすすめのプロジェクトです。

この授業で身につくこと

  1. 課題を「問い」に翻訳する力 — 漠然とした行政課題を、データと経済学で答えられる形に構造化する
  2. データの目利きと因果推論のリテラシー — 使えるデータの範囲と限界を見極め、「何がどこまで言えるか」を誠実に語る
  3. 意思決定者に伝える力 — 分析結果を、行政の現場が動ける提案として報告する
  4. チームでプロジェクトを回す力 — 計画・分担・進捗管理と、他チームへの建設的なレビュー

授業の進め方(全15回)

第1〜2回で教員が全体像と分析の道具を導入し、第3〜5回のワールドカフェで職員と直接議論しながら担当プロジェクトを決定。第6〜8回で予備分析と中間発表を行い、第9回の中間発表で有望テーマに絞り込んでチームを再編します。後半は毎回、進捗報告 → 学生同士のピアレビュー → 職員フィードバックのサイクルで分析を磨き込み、最終回の発表会に臨みます。

役割 内容 宿題
1 導入 ガイダンス: 授業の全体像と、4つのプロジェクトの紹介(教員より) 特になし
2 導入 レクチャー: 政策分析のための経済学モデルと因果推論入門 特になし
3 探索 ワールドカフェ①: データ経営課の方々を交え、政策決定、政策運営、政策評価ごとのテーブルに分かれて実際の行政機関としてデータを活かすというのがどのような営みなのかについて理解を深める。ここでは特定の政策課題には立ち入らない。 行政機関によるデータ活用について自分の言葉でまとめたレポートを作成
4 探索 ワールドカフェ②: 4つのプロジェクトの担当課の方々を交えたワールドカフェ。課題ごとに別のテーブルとして、それぞれどのような課題か、どのような分析の方向性が考えられるかについて議論する。 4つの中から課題を2つ選び、それぞれについてワールドカフェで学んだこと、自分で追加で調べたことをまとめてレポートを提出
5 探索 ワールドカフェ③: 再びデータ経営課の方々を交えワールドカフェ。前回の授業で実際の課題について知った上で、それぞれの課題でどういうデータを集めたらいいか、どういうポイントをもっと知りたいかについて議論。これを踏まえて授業の最後にグループ分けをする。 グループごとに、自分たちの課題について追加で調査。次回授業で聞きたいことをレポートにまとめて提出
6 予備分析 担当部署へのヒアリング結果について議論 + 追加の質問を考える グループごとに予備分析の方向性を議論し、レポートにまとめる
7 予備分析 予備分析: 公開データ・提供データを用いて予備的な分析の方向性を授業で発表、フィードバックを受ける 中間発表の準備
8 中間 中間発表会: 課題理解・使えるデータ・初期分析・今後の論点を報告し、職員からフィードバック 自分以外のグループの中間発表に対してのコメントペーパーを作成し提出
9 中間 テーマの絞り込みとチーム再編: 実務上の重要性 × データでの検討可能性 × 期間内の到達可能性で、有望テーマを選抜 再編成されたグループごとに本分析の研究計画書と既存研究のレビューを作成し提出
10 本分析 既存研究レビューと分析計画のピアレビュー グループごとに研究計画書と既存研究のレビューをアップデートして再提出 + 本分析開始
11 本分析 分析①: 進捗報告+ピアレビュー+職員フィードバック 分析を続ける
12 本分析 分析②: 同上 分析を続ける + 読めばわかる提案書に落とし込み、提出
13 本分析 分析③: 提案書のピアレビュー 最終発表プレゼンを作成
14 仕上げ 最終発表リハーサル: 通し発表と最終フィードバック 最終発表プレゼンの練習
15 本番 最終発表会: 担当部署はじめ市職員の皆さんへ分析結果と政策提案を報告 最終発表でのフィードバックを踏まえて提案書をアップデートして提出

成績評価(予定)

項目 配分
各回のレポート 25%
最終発表 25%
提案書 25%
授業への貢献——発言、チーム内での役割遂行など 25%

履修にあたって

  • 計量経済学および統計学の学部基礎レベルを履修済みであることが条件です
  • 分析にはRやPython等を使いますが、チームに1人使える人がいれば成立します
  • ノートPCを持参してください
  • 行政データを扱うため、データの取り扱い(守秘義務等)に関する誓約への同意をお願いする場合があります

こんな人に来てほしい

授業で学んだ統計学や計量経済学が「現実で使われる瞬間」を見たい人。公務員・シンクタンク・コンサルティング・データ分析職に興味がある人。正解のない問題に、チームで取り組んでみたい人。横浜が好きな人。