計量経済学II
計量経済学の応用として、実証産業組織論と quantitative marketing の基礎を学ぶ授業です。価格、商品属性、広告、キャンペーンなど、企業や政策当局が実際に直面する意思決定を題材に、データから需要、代替性、施策効果、顧客価値をどのように推定し、どのように意思決定に結びつけるかを考えます。計量経済学Iの続編です。
ゲスト講義の第5回・第12回を除く各回に、講義ノート、coding課題、ブラウザ実験室があります。課題は「モデルを自分でシミュレーションする」パートと「そのデータで推定・推論する」パートの2部構成です。手を動かして初めてわかることがたくさんあるので、ぜひ課題までやりましょう。 各課題のQMD版をダウンロードし、コードや解答を書き足して quarto render してください。
このブラウザ実験室では、講義ノートのシミュレーションのパラメータを、ブラウザ上でそのまま書き換えて実行できます(WebAssembly上でRが動きます)。RやRStudioのインストールは不要で、初回のロードに30秒〜1分かかる以外は普通のWebページと同じように使えます。講義の前後に「この数値を変えたらどうなるんだろう」を試す場所として使ってください。
講義ノートなど
第1回 計量経済学の応用としての実証産業組織論/quantitative marketing — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
実証産業組織論・quantitative marketingという分野が、企業や政策の意思決定とどう結びついているのかを概観します。データ分析チームに来る依頼を「需要と代替性」「施策の因果効果」「顧客の異質性」「最適な配分・価格付け」という4つの問いに整理し、コース全体の地図を確認します。広告費と価格設定の2つのRシミュレーションを通じて、「予測」「因果」「反実仮想」がまったく異なるタスクであることを体感します。
第2回 離散選択モデル1:logitで需要を考える — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
消費者が複数の商品の中から1つを選ぶ状況を、multinomial logitで表す方法を学びます。効用にランダムな誤差項を仮定し、Gumbel分布という特別な分布を選ぶと、選択確率が驚くほどシンプルな式になることをシミュレーションで確かめます。あわせて、本コース初登場の最尤法をコイン投げの例から丁寧に導入し、
optim()による自作の推定・推論を一通り体験します。値上げをしたら顧客がどこへ流れるかという価格弾力性の計算にも触れます。第3回 離散選択モデル2:代替性と価格内生性 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
logitモデルの弱点であるIIA問題を直視し、nested logitで代替性をより柔軟に表現する方法を学びます。また、商品特性・価格・市場シェア(outside optionを含む)から平均効用を反転するBerry反転を紹介しつつ、価格が需要ショックと相関する内生性の問題と、その解決策である操作変数法を扱います。典型的な \(\operatorname{Cov}(p,\xi)>0\) のケースではOLSが価格反応を絶対値で過小評価し、値付けや合併審査を誤りうることを数値で確認します(バイアスの向きは一般には共分散の符号に依存します)。
第4回 異質性のある需要:random coefficient logitと合併分析 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
消費者ごとに価格感応度や好みが異なる状況を扱うrandom coefficient logitを学びます。属性に結びついた嗜好異質性を入れると、ネストを指定せず「属性の近い財どうしがよく代替する」パターンを表現できること、そしてその推定が「縮小写像→操作変数回帰→GMM」という三層のミニBLPで動くことを、自分の手でコードを回しながら確かめます。後半では供給側(Bertrand-Nash均衡)を導入し、合併後の価格上昇・diversion ratio・消費者余剰の変化を計算するmerger analysisへ進みます。第5回ゲスト講義への直接の布石となる、前半の山場です。
第5回 ゲスト講義1:競争政策の実務と需要推定
公正取引委員会の実務に関するゲスト講義です。需要推定、代替性、市場画定、合併審査が競争政策の現場でどのように使われるかを学びます。(講義ノートはありません)
第6回 商品設計とコンジョイント分析 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
実際の売買データではなく、属性を実験的にランダム化した選択データから需要を推定するコンジョイント分析を扱います。仮想の商品から選んでもらうシンプルな調査が、実は第2回の離散選択モデルそのものであり、属性ランダム化によってAMCEを因果効果として解釈できる条件を学びます。同時に、仮想回答の外的妥当性やモデル誤特定は別の問題として残ることも確認します。AMCEを軸に、支払意思額(WTP)の推定と信頼区間、属性間の相互作用、セグメントごとの異質性まで、新商品の設計判断につなげる分析を身につけます。
第7回 マーケティングの因果推論1:実験とA/Bテスト — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
コンジョイントで学んだランダム化を、広告・クーポン・レコメンドといった施策のA/Bテストへ広げます。ランダム化推論、検出力とMDE、ITT/TOT、CUPEDによる分散削減という、実務でA/Bテストを設計・解釈するための一式の道具を学びます。あわせて、peeking問題や多重検定、SRM、interferenceといった大規模実験ならではの落とし穴も確認します。「この施策、効果ありました」という報告を正しく問い直せるようになることが目標です。
第8回 マーケティングの因果推論2:観察データで施策効果を読む — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
実験ができない場面でどう因果効果を測るかを扱います。広告接触者と非接触者の単純比較がなぜ罠なのかから始め、DiD・IV・RDDをマーケティング施策に応用する型を学びます。特に、施策の導入時期が単位ごとにバラバラな「staggered adoption」のもとで従来の分析が符号を間違えることさえある現象と、その現代的な解決法(Sun-Abraham型のevent study)を、シミュレーションで体感できる回です。
第9回 消費者異質性の推定:階層モデルとshrinkage — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
「店舗ごと・顧客ごとに効果を見たいが、個別のデータは少ない」というマーケティングの根源的なジレンマを、階層モデルとshrinkage(縮小推定)で解きます。階層モデルの仮定が妥当なとき、データの薄い店を全体平均へ部分的に縮めることで、店舗別推定の平均二乗誤差を改善できることを、経験ベイズと自作のGibbsサンプラーで確かめます。本コースで初めてベイズ推定を正面から扱う回でもあります。ここで身につく枠組みは、次回以降の購買履歴分析や異質処置効果へそのまま受け継がれます。
第10回 顧客パネルデータのモデル化:購買頻度・離脱・顧客価値予測 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
購買履歴データから顧客ごとの購買頻度・離脱リスク・生涯価値を推定する方法を学びます。ECや小売のような非契約型ビジネスでは、顧客が離脱したのか休んでいるだけなのかが直接観測できないという根本的な問題があり、BG/NBDモデルでこの「観測されない離脱」を統計的に推定します。第9回の階層モデルの考え方が、個人ごとの購買率・離脱確率の異質性というかたちで再登場します。CLVの予測まで到達しますが、その価値予測と施策の因果効果とは別物である、という点が次回への伏線です。
第11回 予測から意思決定へ:ターゲティングと離散的施策最適化 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
第9-10回で手に入れた顧客価値・購買性向の予測を、実際の施策配分にどう使うべきかを考えます。「解約しそうな人に引き留め施策を打つ」という誰もがやりそうな発想が実は間違いうることをAscarza (2018)のRCTから学び、uplift modeling・causal forestによる異質処置効果の推定、Qini曲線によるターゲティング評価、IPWによる政策価値評価という一連の技術を身につけます。予測モデルをそのまま意思決定に使う危うさを正面から解剖する回です。
第12回 ゲスト講義2:エコノミストによる実務講義
民間企業でのエコノミスト経験を持つゲスト講師による講義です。大規模実験、需要予測、価格、広告、レコメンドなど、企業のエコノミストが扱う問いを学びます。(講義ノートはありません)
第13回 動学的離散選択1:RustとHotz-Miller — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
動学的離散選択モデルの基礎を、Rustのバスエンジン交換モデルを題材に学びます。整備責任者Harold Zurcherの「いつエンジンを載せ替えるか」という意思決定を構造モデルとして復元し、状態・行動・価値関数・Bellman方程式という道具立てを組み上げます。第2回のGumbel分布とlogsumが動学にそのまま持ち越せること——「δが座っていた場所に、将来価値込みのv(x,a)が座るだけ」——を確認した上で、RustのNFXPと、価値関数を解かずに推定するHotz-MillerのCCPアプローチを両方実装します。後半の山場です。
第14回 動学的離散選択2:スイッチングコスト、ロイヤルティ、買いだめ — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
動学の道具を、ブランド選択とセールへの反応という身近な題材に応用します。「同じブランドを買い続けるのは本物のロイヤルティか、単なる好みか」という識別問題を、異なる構造が同じ低次の記述統計を生みうる例から解きほぐし、厳密な「観察的同値」との違いも確認します。後半では、セールがなぜ「将来需要の前借り」になるのかを在庫モデルで確認し、短期弾力性と長期弾力性の乖離を体感します。顧客獲得投資やセール戦略の判断を誤らないための回です。
第15回 Dynamic pricing:企業の動学的価格設定 — Notes · 課題(HTML) · 課題(QMD) · 実験室
最終回は、企業側の動的な価格設定を扱います。航空券やホテルの価格が販売期限や残り座席数に応じてどう動くべきかを、Bellman方程式とbackward inductionで正面から解きます。ride-hailingのサージ価格や、需要推定の誤差が価格政策の収益にどう波及するかもシミュレーションで確認します。需要推定・因果推論・異質性・動学という15回分の道具が、すべて「価格を賢く決める」という1つの実務課題につながっていることを総括します。